VOICE :第1回
VOICE
通訳ブースから見えてくる「グローバルコミュニケーション」の課題
小根山麗子さん(同時通訳者)
大学卒業後博報堂でマーケティングを担当。その後オーストラリアの大学院で通訳技術を学び、フリーに。政府省庁、ビジネス・学術関連の国際会議で活躍し、 その的確な通訳とプロフェッショナルな物腰で多方面からの通訳依頼が絶えない。趣味はお菓子づくりとマリンスポーツ。日本舞踊名取。
通訳ブースから見えてくる、グローバルビジネスにおけるプレゼンテーションスキルについてお話を伺いました。
日本人のグローバリゼーションの必要性が叫ばれて久しいのですが、いかに国際的な場で、積極的かつ、プロフェッショナルに発言をし、国や文化、慣習の違う相手と相対していくか、という課題においては、コミュニケーション力が大きな意味を持ちます。
日本人と外国人の言葉を「変換」し、その意図を正確に伝えることがもとめられる「同時通訳」の目線から、グローバルコミュニケーションを紐解きます。
デモンストレーションスキルとして重要なことの一つは「訴求力」
今日は宜しくお願いします。本日は、通訳という語学スペシャリストとして、日々グローバルビジネスの交渉現場に携わる人間 の観点から、日本人ビジネスパーソンのグローバル化について、お話しを伺っていきたいと思います。まず、「うまい」と感じる「プレゼンテーション」につい てお聞かせいただけますか?
日本語でも英語でも、プレゼンテーションには、いわゆる「期待値管理(Expectation Management)」が重用だと思います。専門家ではありませんが、例えばビジネス会議の場合、今日の会議で期待される成果(Expected Outcome)は何なのか、想定される論点は何なのか(Expected Discussion)、相手側はこちら側に何を期待してきているのか、そういったことを事前に把握しつつ、プレゼンテーションを行い、最終的に自らの望 むOutcomeへ関係者を導くことの出来る方は優れたビジネスパーソンであると私は思います。
また、パフォー マンスとしてのプレゼンテーションを考えた 時、通訳ブースから国際的な会議に参加していて思うことはまず、ストーリー(内容)の組み立て方が優れているかどうかです。後は、アイコンタクトやボ ディーランゲージ、声の大きさや抑様のつけ方といった内容以外の部分で全体的な印象が左右されるのですが、やはり聴衆のExpectation(期待)を 十分把握し、それに沿った形、または敢えてそれに反する形で論点を進めていけるスピーカーは傍から見ていても聴衆の心を上手に掴めているような気がしま す。
当然ながら通訳を介する際には、通訳に十分なブリーフィングをすることが、メッセージの伝わり方に大きな影響を及ぼします。日本はhigh context な文化であるとよく言われますが、通訳をしていると「全くその通り!」と思うような場面に多く遭遇します。日本語の文章一つとっても、どういった文脈でそ れを聞くかによって解釈は様々に異なります。話し手が当然と思っていることも、第三者である通訳にとっては常に新しい情報になりますので、ブリーフィング の際には大前提となる背景・文脈をご説明頂くと、英語に通訳する際にも的確な訳出が出来ます。通訳だけでなく、聴衆とどこまで同じ「前提」を共有できる か、これを想定すること(Expectation)も大事ではないでしょうか。
後は訴求力でしょうか。「伝えたい」という想いは例え言語や文化の違いがあっても必ず伝わります。聴衆の目を見て臆することなく堂々と語りかけることの出来るスピーカーに勝るものはないと思います。
頭の中で論理構造をきちんと整理しながら話す人(意識して話す人)と、そうでない人との間にも話し方に大きな違いが出るようです。特に、日本語は意 識しないで話していると、いつまでも文章にピリオド「。」がつかなくても成立してしまう。これは往々にして女性に散見されることなのですが、実は私もその 一人なのですが(笑)、接続詞をつい多用してしまっていつまでも文章が終わらない、そもそも自分は何の話がしたくてここまで話し進めてきたのか分からなく なってしまう、ということがあります。文章に区切れ目がない、結果、何を伝えたかったのか論旨が見えずに発言が終了してしまう、というようなことです。
本当に訳すのは大変ですね。
英語は、文の構造からしていつまでも点をつけないでしゃべる、ということはできません。ただ日本語は、接続詞でどんどん果てしなくつながっていけるから厄介なんですよね。
やはり、スピーカーは通訳やオーディエンスといった聴く側を意識してきちんと簡潔に話すということが大事ですね。
そういう意味でも、通訳をうまく使うこなすことのできる方は、魅力的なプレゼンテーションが出来るのだと思います。同時 通訳は即座に言葉を出していきますが、逐次通訳の場合はスピーカーが一度止まり、そしてそこに通訳が入る、といった感じで、そこには掛け合いのテンポ感の ようなものが存在するのです。私の場合はオリジナル言語が英語であれば、2又は3センテンスくらいで止まってもらって、止まったら間髪入れずすぐ通訳を挟 み、英語と同じくらいの分量で終わらせる、ということを意識します。すると、ポーン、ポーン、ポーンというテニスのラリーのような適当なテンポが生まれ て、オーディエンスを飽きさせず、アテンションを逃さすこともないような気がします。逐次の時にスピーカーの人から「どれくらいで切ったらいいの?」と聞 かれることが良くありますが、そうした時はいつもこういうお話をしてお願いします。英語が分からない人に、英語を5行分も6行分も聞かせるのは酷だと思い ます。通訳を使い慣れていない人は、それがいかにオーディエンスにとって苦痛か想像出来ないんだと思います。ノってきてどんどんどんどんしゃべってしま う。それをある程度コントロールするのも、通訳の役割でもありますが、やはりスピーカーの皆さんにはオーディエンスを意識した話し方をご配慮いただくと助 かります。どこで区切ったら良いか、なんてあまり関係ないことのように思われがちですが、通訳を使う際には思いがけず大事なことなんですよね。オーディエ ンスの気持ちを一度離してしまったらそこまでですから。
ある仕事で、元首相の逐次通訳をしたことがありました。彼のような大物政治家は通訳を使うのにすごく慣れていらっしゃるから、止まるポイントがそれ こそ秀逸なんです。「そう、そのタイミング!」っていう、それこそ通訳のやりやすいポイントで止まって下さるので、ポンって止まってポンって出して、止 まって出して止まって出してっていう良いリズム感が生まれるんです。それを打ち合わせナシでできる方は本当に優れた話し手だと思います。
それは経験でしょうか?
使い慣れているのもあると思うし、たぶんあとは自分の頭の中で言いたいこ ととかスピーチの構造がすごくクリアにロジックとして成立しているんだと思います。最初にこれを言って聴衆の気持ちをつかんで、真ん中で自分の経験も話し て、で、本題のテーマにこうつなげて終わらせる、みたいな。そうすると、聴衆もストレスなく自然に話し手を理解することが出来るんですよね。論理の構造が 明確だから、通訳としても、次に何を言いそうなのか、どういう風に話が落ち着きそうなのかっていうのが少し読めてくるんです。論点がバラバラで何がどう繋 がっているのかロジックの構造が読めない人ほど、通訳するのが難しい。「この話、果たして最後はどう落ち着くんだろう?」っていうことがあるじゃないです か。
最後どうなるの?と思っていたら、全然違うところに行ってしまったり。
通訳にとってわかりやすいってことは聞いている人も聴きやすいってことですよね。次どうなるのかなっていう展開が何となく読める状態で話も進んでき ますし。それで、本当にうまい人は最後にひねりを入れてみんなのエクスペクテーション(期待)を裏切るんですよね。で、「あれ?こうなるの?」って、意外 性を持って話が終了する。それが一番秀逸だと私は思います。最後の印象が強烈ですから。最後どっとうけて終わるとか、あ、こう落ち着くんだっていう、論理 の流れに逆らうことはないけど、最後に予期せぬ何かが入っていたりして、そういう人はやりやすいですね。日本人ではまりがちなのは、というかこれは自戒の 念も込めてなのですが、「今日しゃべりたいポイント」みたいなものを頭の中に箇条書きにして覚えておいて、で、それをただ羅列してしまうというスタイル。 そこにロジックの繋がり、一貫性が欠けてしまうんです。「よしあれもしゃべった。これもしゃべった。以上、終わり!」みたいな感じで。で、聞き手からする と「結局今日の本題は何だったんだろう?」って、頭の中が「???」だらけ。何だか情報は多かった気がするけれど、何がメイン・メッセージだったんだろ う?って雲に巻かれたようになってしまうんです。やはり1つのプレゼンの中でメイン・メッセージはひとつ以上あってはいけないと思います。エピソードを色々話すとしても、結局そこからのラーニングっていうのはそのメッセージに落としこむことが大事ですよね。
日本人のビジネスパーソンは、プレゼンテーションに関しても、外国人と全然スタイルが違うから、やっぱり良いところは学びつつ吸収した方がいいですね。日本人、特にビジネスマンはどういう風に英語を勉強したらいいでしょう?
通 訳をしていると、「どうやって英語を勉強すればいいでしょうか。」と聞かれることも良くあります。やはり、自分に関係のある分野、例えば業種なり プロセスなりの英語から始めるのが一番早道だと思います。趣味で英語を勉強される方は別ですが、ビジネスの場で英語の習得が求められる場合は、英語環境に 身を置かざるをえない抜き差しならならない状況があるわけですよね。つまり、一つのトピックに対して日本語と英語、両方の環境が整っていて、それについて 意見交換するチャンスがあるわけですから、それを活用しない手はないと思います。
そのほうが知識も情報も広がりますね。
だからまずはその分野で英語を集中して勉強していくことだと思います。「英語で会話できるのはこのトピックだけ、それ以外の日常会話はNG」とかで も最初は全然構わないと思います。ソーシャライズする時に英語でソーシャライズできなくても、まず自分の専門分野のところだけ極めてしまうと、それが次の 自信にもつながるし、そこから応用できることが多くあるのではないでしょうか。
それでソーシャライズできないならそこに通訳を入れればいいわけですから。日本の方はとても奥ゆかしくて、「こんな英語の発音ではとてもとても恥ず かしくて」という方もいらっしゃいます。でも、日本以外の、英語を母国語としない国々の方達を見ていると、英語の発音ルールなんてどこ吹く風、と、独自の 発音で臆することなく堂々とお話されている方も多くいらっしゃいます。グローバル化が叫ばれて久しい昨今、そんな人達を奇異な目で見る英語人はほぼいませ んし、日本の方も、もっとどんどん英語で前に出ていって頂ければいいのだと思います。
たまにびっくりするのですが、通訳がブースではなく同じ席に座って通訳する際に、英語を勉強中の方は、通訳の単語をものすごく真剣に聞いていらっ しゃるのですよね。「あ、そっか、あれはああ言うんだ、なるほどこれはこう言うんだ」って、自分がアウトプットした日本語に対して私たちがどういう英語を 当てはめているのか、キーワードを上手く拾える方がいらっしゃいます。「さっきはこうやって訳していたのに次の時はこういう単語を使ったのはなぜ?」と、 聞かれることもあります。ちょっとどきっとしますよ。身も引き締まる思いです。
内容によっては同じ単語を何回も繰り返すより、違う単語に言い換えた方が英語としてきれいな響きになることもありますし、文脈的に意図的にワード チョイスを変えることもあります。 後はオーディエンスによって選ぶ単語も変える場合があります。異なる文化やバックグラウンドを持った人たちに、どう やったらメッセージが効果的に伝わるのか、きちんと考えてお話することが大事だと思います。オーディエンスを知るということも本当に重要になってきます ね。
同じビジネスをやっている人たちでも国が違えばビジネス慣習は異なりますよね。オーディエンスの国籍が3カ国あるのだとしたら、ビジネスのやり方一 つとってもこちらでは標準・スタンダードだと思っていることが、聞いている人にとってはスタンダードでなかったり。そんな場合は思っている以上に、もしか したらメッセージが伝わらないかもしれません。その意味においてスピーカー自体もオーディエンスを事前に勉強してこないと、伝わるものも伝わらないと思い ます。
ビジネスや世界がグローバル化するにつれ、聴衆者もグローバル化し、多様化するんですよね。これは、絶対忘れてはいけないことだと思います。自国の 聴衆に話すのと全く同じ感覚で話しかけても、思いがけず反応が薄かったり、聴衆の中にポカンとしている人がいて、置いてきぼりになっている人を見つけた り。そういう時は要注意だと思います。
外国人の方が大勢の日本人を相手に講義をした後、大体において「質問はありませんか?」と問いかけます。ただそんな時、日本人の方は大 勢の前ではあまり質問しないですよね。最近はそういったことも外国人のスピーカーはよくご存知で、それでも何とかインタラクティブにしたくて、ほぼ強制的 にあてて質問させたりしています。ブースから見ていて当てられた方は何だかちょっと気の毒な感じがしますし、もっと良い方法があるんじゃないかって思うん です。例えば、その後スモール・グループに分けたり、リフレッシュメントをサーブしている時に講演者がまわって話をするとか。やり方を考えたほうがいいよ うな気がします。
マー ケティングの基本でターゲット・インサイトというのがあります。コミュニケーションの受け手が誰なのか、彼らのプロフィールを特定し、ニーズを 理解していく。何だか仰々しく聞こえるかもしれませんが、プレゼンテーションでもやっぱりターゲット・インサイトって大事だと思います。彼らの Expectationがどこにあるのか、その期待値をどうやってコントロールしたら自分のメッセージが上手く伝わるのか。プレゼンテーションを突き詰め て考えたら、こういうことも大事になってくるのではないでしょうか。広告だけじゃなくて、オーディエンスを知るということは、そして彼らの期待値を知ると いうことはとても大切なことだと思います。オーディエンス=消費者、コンシューマー・インサイトにもつながるという風に考えると、一つの方法としてわかり やすいかもしれません。私もいつも勉強させていただいています。